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民訴法003 書証(2)―文書提出命令

※以下、特記なき限り、民事訴訟法は法令名を略し、民事訴訟規則は「規則」と略する。また、三木ほか「LEGAL QUEST 民事訴訟法」(有斐閣、第3版、2018年)は「リークエ民訴」、高橋ほか「民事訴訟判例百選」(有斐閣、第5版、2015年)は「百選」と略する。

※このページの引用・参考にあたっては、「はじめに」の「おことわり」を参照ください。

 

1. 文書提出命令

文書提出命令の意義

文書提出命令は、民事訴訟において事案解明のための重要な証拠となる文書につき、「相手方または第三者が所持する文書についても、これを証拠として訴訟の場に提出するための手段」として設けられている制度である(リークエ民訴319頁)。

文書提出命令は、後述する文書提出義務を負う者に対して発令される。

  • 趣旨…「挙証者の私的な立証の便宜」のみならず「真実に合致した適正な裁判」を追求するという「公益」をも目的とする。
  • 機能…「裁判制度における事案解明のための装置の充実」、無駄な上訴の防止
  • 文書提出義務の性質…裁判所に対する訴訟法上の義務(申立人と所持者との間の私法上の義務ではない)

文書提出義務の分類

列挙的(限定)文書提出義務

220条1号ないし3号では、列挙的(限定)文書提出義務が規定されており、いずれかに該当する文書について、所持者は当該文書の提出義務を負う(リークエ民訴321頁)。

類型 条文における文言 該当例
引用文書
220条1号
「当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき」 口頭弁論や弁論準備手続のほか、準備書面等の記載や当事者尋問における陳述に含まれればよい
権利文書
220条2号
「挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき」 法令や契約に基づく私法上の権利
公法上の権利に基づくものでもよい
利益文書
220条3号
「文書が挙証者の利益のために作成され…たとき」 当該文書が挙証者の地位や権利などを直接的に基礎づけるものである必要がある
法律関係文書
220条3号
「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき」 印鑑証明書や捜索差押許可状など
ただ、「内部文書」であれば該当しない
一般的文書提出義務

旧法下では、上記のいずれかに該当しない文書には提出義務が課されていなかった。しかし、「証拠の偏在などによる当事者間の武器不平等の是正や、実体的真実の発見の理念を実現するため」(リークエ民訴320頁)のほか、旧法下における(3号文書の)解釈の混乱の解消や、集中審理方式のための訴訟準備の充実を目的として、一般的文書提出義務220条4号)が追加されるに至った。

文書一般につき、同号のイないしホに規定される除外事由に該当しなければ、所持者は当該文書の提出義務を負うことになる。

類型 条文における文言 趣旨
自己負罪拒否権・名誉に関する文書
220条4号イ
「文書の所持者又は文書の所持者と第196条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書」 証言拒絶権(196条)との平仄
公務秘密文書
220条4号ロ
「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」 証言拒絶権(191条1項、197条1項1号)との平仄
「公務員の守秘義務と訴訟上の真実発見との衡量を図る」(リークエ民訴325頁)
法定専門職秘密文書
220条4号ハ
第197条第1項第2号に規定する事実…で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」 証言拒絶権(197条1項2号)との平仄
「法定専門職を信頼して秘密を打ち明けた依頼者等の利益を保護する」(リークエ民訴327頁)
技術職業秘密文書
220条4号ハ
第197条第1項…第3号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」 証言拒絶権(197条1項3号)との平仄
自己利用文書
220条4号ニ
「専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)」 旧法下における「内部文書」に関連し、自由な活動を妨げないとするもの
刑事関係文書
220条4号ホ
「刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書」 (略)

上記のうち、実務上、特に自己利用文書及び技術職業秘密文書の該当性が問題となるので、該当性の判断基準及び当てはめについては「2. 具体例における文書提出義務の肯否」において後述する。

文書提出命令の手続

文書提出命令の申立て

文書提出命令の申立ては、①「文書の表示」(表題、作成日時、作成者など)、②「文書の趣旨」(文章の内容の概略)、③「文書の所持者」、④「証明すべき事実」、⑤「提出義務の原因」を明らかにして、書面による申立てでしなければならない(221条1項、規則140条1項。リークエ民訴333頁)。

そして、「裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、文書の所持者に対し、その提出を命ずる」(223条1項前段)。なお、当該決定に対しては即時抗告が可能である(同条7項)。

申立てにおける文書の特定

文書提出命令の申立ては、原則として、対象となる文書を個別的に特定する必要がある。よって、上記①において、「関係書類一切」等という、概括的な特定は原則として許されない

しかし、文書提出命令の申立人にとって、上記①や②を十分に把握・特定するのは(特に当該文書の作成過程等に関わっていない場合)困難であると言わざるを得ない。民事訴訟法上、文書特定手続(222条)が設けられているが、実効性に乏しく、当該手続はほぼ利用されていない。裁判所が文書の所持者に対して行う、文書の表示または趣旨を明らかにする求め(同条2項)には、その違反に対する制裁規定が設けられていないからである。

よって、現在では、文書提出命令の申立て時における文書の特定それ自体を緩和すべきとする主張が有力である(リークエ民訴334頁参照)。実際に最高裁も、「特定の会計監査に関する監査調書」との記載をもって、「個々の文書の表示及び趣旨が明示されていないとしても、文書提出命令の申立ての対象文書の特定として不足するところはない」と判示している(最判平成13・2・22判時1742号89頁)。当該事例で問題となった監査調書は、法令によってある程度特定の範囲が明確になるとしても、緩和の方向性を示したものといえる(リークエ民訴334頁)。

文書提出命令の効果

前述の通り、文書提出義務は訴訟法上の義務であるから、提出命令を債務名義(民事執行法22条)として民事執行法に基づく強制執行を求めることはできない。よって、民事訴訟法上の間接的な強制手段である制裁が設けられている(リークエ民訴337頁)。

制裁の対象者とその内容は下記の通りである。

文書の所持者 制裁の内容
当事者 申立人の主張の真実擬制
「裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる」(224条1項
「使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたとき」も同様(同条2項
「文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる」(同条3項
三者 「裁判所は、決定で、20万円以下の過料に処する」ことができる(225条1項

 

2. 具体例における文書提出義務の肯否

(1) 稟議書

稟議書とは、「会社や官庁などで、会議を開くほどに重要ではない事項について、担当者の案を文書にして上司等の関係者に回覧して、その承認を求める」稟議に用いられる文書のことをいう(リークエ民訴331頁)。

稟議書が自己利用文書(220条4号ニ)に該当するか否か、学説は多岐に分かれているが、以下では判例の状況を概観する。

自己利用文書への該当性

最決平成11・11・12民集53巻8号1787頁(百選69事件)は、自己利用文書の一般的判断基準について、下記の通り示している。すなわち、以下のすべての要件を充足した場合のみ、自己利用文書と判断されると判示した。

要件 内容 判断要素
外部非開示性 「専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書」であること 作成目的の重視
⇔法律上作成義務がある文書や、第三者への開示提出が予定されている文書か否か
不利益性 「開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがある」こと

所有者の意思形成過程に着目
(ア)個人・団体の自由な意思形成が阻害されるか
(イ)プライバシー侵害・営業秘密の有無
→(イ)との関係で、技術職業秘密文書とも関連

「特段の事情」の不存在 自己利用文書の該当性を否定する特段の事情がないこと ⇔申立人と所持者とが同一視できる場合に「特段の事情」が存在し、自己利用文書に該当しない(最決平成12・12・14民集54巻9号2709頁

なお、最高裁は、①及び②の要件を一般的要件、③の要件を個別的要件とみて、①や②の要件に関わる事由を含め、個別的(特殊な例外的)事情をすべて③の問題とみる見解を採用している(最決平成13・12・7民集55巻7号1411頁)。もっとも、本件では、経営破綻し清算中であった信用組合が将来において貸付業務を行うことはないのであり、当該組合から事業を譲り受け債権の回収に当たるのみであった整理回収機構が、貸出稟議書の提出を命じられてもその自由な意思形成が阻害されるおそれはない事案であった。よって、②の不利益性要件で自己利用文書に該当しないとすることもできたといえ、現在では、③の要件で自己利用文書の該当性を判断する意義は大きくないと考えられている(リークエ民訴331頁参照)。

(2) 社内通達文書

「会社内部で事務連絡等に用いられる」社内通達文書(リークエ民訴331頁)が、自己利用文書(220条4号ニ)や技術職業秘密文書(220条4号ハ)に該当するか否か、稟議書と同様に問題となるので、判例を概観する。

自己利用文書への該当性

最決平成18・2・17民集60巻2号496頁は、上記(1)に示した自己利用文書の一般的判断基準を用いて、社内通達文書の自己利用文書(220条4号ニ)への該当性を否定した。

①本件社内通達文書の作成目的が「一般的な…業務遂行上の指針等を…各営業店長等に周知伝達すること」であることを理由に、外部非開示性を認めた。

②しかし、本件社内通達文書は「抗告人の業務の執行に関する意思決定の内容等をその各営業店長等に周知伝達するために作成され、法人内部で組織的に用いられる社内通達文書であって、(ア)抗告人の内部の意思が形成される過程で作成される文書ではなく、その開示により直ちに抗告人の自由な意思形成が阻害される性質のものではない。さらに、本件各文書は、(イ)個人のプライバシーに関する情報や抗告人の営業秘密に関する事項が記載されているものでもない」と判示した。すなわち、「開示によって抗告人に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるということはできない」として、不利益性を否定した。

技術職業秘密文書への該当性

もっとも、自己利用文書にあたらない場合であっても、以下の要件を満たすとして、技術職業秘密文書(220条4号ハ)に該当しないか検討する必要がある。

要件 内容 判断要素
秘密性 「技術又は職業の秘密」(197条1項3号)に該当するかどうか 197条1項3号の「技術又は職業の秘密」とは、「その事項が公開されると、(当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるもの又は)当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいう」(最決平成12・3・10民集54巻3号1073頁)。
保護価値の有無 ①のうち「保護に値する秘密」であるかどうか

秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量」(最決平成18・10・3民集60巻8号2647頁、百選67事件)ないし「情報の内容、性質、その情報が開示されることにより所持者に与える不利益の内容、程度等と、当該民事事件の内容、性質、当該民事事件の証拠として当該文書を必要とする程度等の諸事情を比較衡量して決すべき」(最決平成20・11・25民集62巻10号2507頁、百選68事件)とされる。

(3) その他

自己査定資料

自己査定資料は、「法令により資産査定が義務付けられて」おり、「債権の資産査定を行う前提となる債務者区分を行うために作成し、事後的検証に備える目的もあって保存した資料であ」るところ、「本件文書は、前記資産査定のために必要な資料であり、監督官庁による資産査定に関する前記検査において、資産査定の正確性を裏付ける資料として必要とされているものであるから、相手方自身による利用にとどまらず、相手方以外の者による利用が予定されているものということができる」と判示し、①外部非開示性を否定して、自己利用文書への該当性を否定した(最決平成19・11・30民集61巻8号3186頁)。

取引明細書

金融機関における顧客の取引履歴が記載された取引明細書は、当該顧客自身が訴訟の当事者として開示義務を負う場合、「金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有」しないから、職業の秘密として保護されないと判示した(上記最決平成20年、百選68事件)。②保護価値の有無について、「保護されるべき正当な利益」は、秘密情報の保持者ではなく、秘密情報の主体(本件では当該顧客)の利益を基準に判断すべきであるとする(リークエ民訴329頁)。