法律学修よもやま話

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民訴法002 裁判所の訴訟指揮権・釈明

※以下、特記なき限り、民事訴訟法は法令名を略し、民事訴訟規則は「規則」と略する。また、三木ほか「LEGAL QUEST 民事訴訟法」(有斐閣、第3版、2018年)は「リークエ民訴」、勅使川原和彦「読解 民事訴訟法」(有斐閣、2015年)は「読解民訴」と略する。

※このページの引用・参考にあたっては、「はじめに」の「おことわり」を参照ください。

 

1. 裁判所の訴訟指揮権

職権進行主義と訴訟指揮権

民事訴訟における訴訟手続の進行は、原則、裁判所が権限と責任をもつ職権進行主義が採用されている(リークエ民訴157頁)。職権進行主義を具体化した規定としては、和解の勧試(89条)、期日の指定・変更93条、139条)、訴訟手続の続行(129条)及び中止(131条)、審理計画(147条の3)、口頭弁論の制限・分離・併合152条1項)、口頭弁論の再開153条)が挙げられる。

職権進行主義の最たるものとしては、口頭弁論における裁判所の訴訟指揮権148条)がある。「訴訟指揮」とは、「裁判所または裁判官が、訴訟が適法で効率的に進行するようにこれらの行為を行うこと」であり、その権限を「訴訟指揮権」という(リークエ民訴157頁)。

期日と期間

期日

(準備中)

期間

(準備中)

口頭弁論の制限・分離・併合

(準備中)

口頭弁論の再開

(準備中)

 

2. 釈明権と釈明義務

釈明・釈明権・釈明義務とは

口頭弁論における裁判所の訴訟指揮権をさらに具体化した規定として、釈明権等に関する149条が挙げられる。ここでいう「釈明」とは、「訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すこと」(同条1項)である。ただ、「それに応じて当事者が必要な陳述や立証をすること…の意味でも用いられ」、裁判所と当事者のどちらの行為であるか紛らわしいため、注意が必要である(読解民訴67頁)

かかる意味での「釈明」は裁判所の権能であり、これを「釈明権」と呼ぶ。

一方、適正かつ公平な裁判を実施するために、裁判所は「適切に釈明権を行使すべき義務」、すなわち「釈明義務」を負うことがあるとされる(リークエ民訴218頁)。もっとも、釈明の必要があったのにしなかったと評価された場合にのみ、後付けで「釈明義務違反(釈明権不行使という「違法」)があった」とされる(読解民訴77頁)。

釈明と弁論主義

では、裁判所による釈明権の行使は、訴訟資料の提出を当事者の権能及び責任とする、弁論主義とどのような関係にあるのか。

一般的に、釈明権は、弁論主義(及び処分権主義)欠点を補完するものであると考えられている。これは、最高裁が、「釈明の制度は、弁論主義の形式的な適用による不合理を修正し、訴訟関係を明らかにし、できるだけ事案の真相をきわめることによつて、当事者間における紛争の真の解決をはかることを目的として設けられた」と判示したことからも明らかである(最判昭和45・6・11民集24巻6号516頁)。

弁論主義の根拠は真実発見と私的自治の両面とされ、上記の通り、訴訟資料について当事者による自発的な提出が求められている。しかし、弁論主義を形式的に適用してしまうと、当事者が不注意や力不足で陳述や申出をしなかった事実や証拠について、裁判所は一切審理判断しないことになってしまう。それでは、真実発見が遠ざかってしまい、適正かつ公平な裁判が実現できず、ひいては「当事者間における紛争の真の解決」が図られなくなってしまう。よって、「第一次的には訴訟資料の収集・提出は当事者の権能かつ責任とされつつも、当事者の事実についての疑問点を質したり、不足と考える部分についてのさらなる主張や立証を促したりする権能(すなわち釈明権)」が、公的な役割として裁判所に付与されたといえる(読解民訴69頁)。

なお、弁論主義の観点から、裁判所による釈明権の行使に対して当事者が応じるか否かは自由であり、当事者がその責任を負うのが原則である。また、裁判所が自らの釈明義務を果たすことと、当事者がそれを受けて釈明に応じるか否かは異なる問題である。

釈明と処分権主義

また、原告が提起した請求の趣旨及び原因に矛盾や不明瞭がある場合などに、裁判所がその釈明を促すことも考えられる。これを、「訴えの変更を促す釈明」と呼び、「当事者の処分権に属する訴訟物の特定、申立てそのものの変更を促すものであることから、…処分権主義を補完する機能を持っている」といえる(読解民訴72頁)。

釈明の分類

①釈明事項の内容による分類

釈明事項の内容による分類としては、次の5つが挙げられる(磯村義利「釈明権」民訴講座2巻482頁、読解民訴70頁)。

  1. 不明瞭を正す釈明
  2. 不当を除去する釈明
  3. 訴訟材料補完の釈明
  4. 訴訟材料新提出の釈明
  5. 立証を促す釈明
②消極的釈明と積極的釈明

一方、釈明につき、当事者と裁判所との関係に着目した分類として、消極的釈明と積極的釈明という方法が挙げられる(リークエ民訴221頁、読解民訴71頁)。

分類 定義 分類①との関係
消極的釈明 当事者の申立てや主張が不明瞭または矛盾している場合に、その趣旨を問いただす釈明 上記1を主とし、3の一部を含む
積極的釈明 当事者が申立てや主張をしていない場合に、これを積極的に示唆する釈明 上記2、3の一部、4

消極的釈明は、当事者が既にした主張等の趣旨を問いただすものであるから、むしろ釈明権の行使が必要な場面であることが多い。よって、この場合の不行使は、原則として釈明義務違反となると考えられる。

一方、積極的釈明は、当事者の一方のみに新たな主張等を示唆させることになるので、当事者間の公平性や裁判所の中立性の観点から、釈明義務を安易に肯定することはできない、よって、釈明義務違反となる場合は限定的に解するべきである。

釈明権行使の範囲

釈明の必要性判断における考慮要素

もっとも、消極的と積極的のいずれに該当するかを一義的に決することはできない。具体的事案ごとに検討し、釈明義務とその違反の有無を検討する必要がある。

釈明権のみが認められるか、また、釈明義務まで認められるか、釈明の必要性及び程度を判断するにあたっては、以下のような考慮要素が挙げられる(リークエ民訴221頁、読解民訴74頁)。

考慮要素 内容
裁判における勝敗転換の蓋然性 釈明をすれば勝つべき者が勝つことが見込まれるか否か
当事者自治期待可能性 当事者が釈明をまたずに自ら主張等の不備を補う可能性があるか
当事者による法的構成の不備 当事者のした申立て・主張等が法的構成上不適当か否か
当事者間の実質的公平 (当事者本人訴訟か代理人による訴訟か)
釈明権行使の行き過ぎの場合

釈明権行使の行き過ぎにつき、法令上、事前抑制機能はない。事後の不服申立て手段としては、裁判官の忌避(24条)や、訴訟指揮に対する異議(150条)が考えられるが、前者は「よほどの異状でもないと通らない」とされ(読解民訴72頁)、後者も単独裁判所であった場合は異議制度自体が機能しないとされる。また、釈明権行使の行き過ぎを理由とする上訴をしたところで、差戻審で当事者から釈明に基づく主張が行われるのは自明である。

よって、一旦なされた釈明は取返しがつかず、また是正も効かないから、裁判所には慎重な釈明権の行使が求められている。

この場合の典型例としては、時効の援用に関する釈明が挙げられる。当該釈明は積極的釈明(上記分類①の3または4)といえるから、一般的には釈明が否定される(最判昭和31・12・28民集10巻12号1639頁など)。

ただ、時効などの新たな請求原因や抗弁に関する手がかりが、既に当事者間の主張に多く現れていればいるほど、むしろ釈明権の行使が期待される(≒釈明義務が肯定される)と考えられる。

釈明権の不行使の場合

釈明権の不行使の場合については、当該釈明が上記いずれの分類に当たるかを示したうえで、上記の考慮要素を複合的に利益衡量して、釈明義務違反の有無を検討することになろう。

法的観点指摘義務

釈明義務との関係

法的観点指摘義務とは、「裁判官が当該事案に関して採用を考えている法的観点について、そのことを当事者に示すべき義務」のことである(リークエ民訴222頁)。「当事者の認識しない法的構成を裁判所が採った結果、一方当事者に利益(または不利益)に判決の結論が逆転してしまう場面では、裁判所が採りたい法律構成について当事者にも充分な反論と反証の機会を与えることにより、当事者間の公平(らしさ)を維持・回復する必要がある」からである(読解民訴78頁)。「手続的公正の観点」から、当事者への法的観点の不意打ちに対する防止義務といえよう。

法的観点指摘義務が問題となる場面

法的観点指摘義務が問題となる場面として、下記の2つに大別できる(読解民訴79頁)。

類型 生の事実 目的 機能
狭義の「釈明義務」違反 不足(弁論主義違反の可能性あり) 訴訟資料の獲得も含む
事実についての不意打ち防止
「弁論主義の補完」として事実に関して機能する
「法的観点指摘義務」違反 充足(弁論主義違反の可能性なし)

法的観点についての当事者への不意打ち防止
(後見的役割に留まる)

法律構成についての裁判所と当事者との間にある認識のズレを直す

 「生の事実」が充足しているか否かにより、裁判所に釈明権が与えられた趣旨である、訴訟資料獲得と後見的役割の両方を目的に含むか否かが異なってくる。

また、上記の通り、釈明権を弁論主義の補完として捉えると、後者は弁論主義の枠外(法の解釈及び適用は裁判所の専権事項)であるから、狭義の釈明義務とは一応区別できうる(読解民訴78頁参照)。

最高裁が法的観点指摘義務を認めたといえる判決もあるが(最判平成22・10・14判時2098号55頁)、当該事案における事例判決での限られた局面であるといえ(読解民訴84頁)、広く一般的に法的観点指摘義務が認められるか否かは、今後の展開が待たれよう。